理事長ご挨拶

小畑 郁

 2023年5月20日に開催された役員会で理事長に選出され、3年間、この学会のまとめ役を務めることとなりました。 何卒よろしくお願い申し上げます。

 顧みれば、世界的な危機を実感させる事態が、近年相次いで生じております。2018年頃からの米中貿易「戦争」、 2020年年初からの「新型コロナ・ウイルス感染症(Covid-19)」危機、2021年2月のミャンマーにおけるクーデターと その後の内戦といった事態が生じました。さらに、なんといっても、国連安保理常任理事国であるロシアによる、 2022年2月のウクライナに対する侵略「戦争」は、その後、民間人を巻き込んだ凄惨かつ泥沼の武力紛争の様相を呈し、 そこでは核兵器使用の深刻な危機が生じています。また、この間の自然災害の頻発によって、 地球温暖化という「不都合な真実」はますます明白となる一方で、ウクライナ侵略を引き金とするエネルギー危機は、 脱炭素化と再生可能エネルギーへのシフトにブレーキをかけています。 世界の避難民の数は、国連難民高等弁務官事務所によれば1億人を超え、「難民危機」はもはや常態化しています。

 このような事態は、一方で、第2次世界大戦後に構築された国連を中心とする集団的安全保障と世界的な国際協力の 枠組みに安住して、楽観的に世界秩序を論ずることを、まったく不可能にしました。他方で、 それに代わる新たな世界秩序の展望は、未だ十分に開かれていないことにも留意が必要です。ともあれ、 「高度な自律性を互いに承認する国家からなる社会」といった、国際社会についての既成概念それ自体を俎上にのせて 議論しない限り、人類の未来への展望が切り開かれないことは、明らかということができます。

 翻って、日本における公論においては、「防衛」、「検疫」、「入管」という形で、世界とのつながりを意識する場合でも、 もっぱら日本社会の利益の擁護という観点から議論する傾向がないわけではありません。 そうした観点からは、世界の状況について「つまみ食い」的に論ずるということが生じがちです。

 世界法学会は、「世界法および世界連邦に関する諸問題」を主として法学という観点から研究することを目的とする、 世界でもユニークな学会です。この学会が「世界法研究会」という形で発足した1965年という時期は、 日本において世界法や世界連邦が盛んに議論された占領期の熱気はすでに過去のものとなっており、 なんといっても日米安保体制が公論の主題でした。その時期に「世界法および世界連邦」の問題を研究する組織を立ち上げた先達の、 時代を見据えながらも時代に埋没しなかった先見性には、今更ながらも瞠目せざるをえません。

 こうした先達の態度に学び「現在と将来の世界秩序」と「法学研究」とを結びつけるという使命を意識する限り、 この学会の日本における意義はますます明白でしょう。この「道場」で、あるべき世界の法について、存分に、 しかしまた学問的に論じていただくことを、切に願っております。執行部としては、そうした場の保障を拡大し、 また、その成果を日本のみならず世界的に発信する媒体となるべく、さらなる努力をつづけたいと思います。


過去の理事長挨拶